100周年 その2

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前回に引き続きその2を掲載いたします。

坂本紙工所の100年の歴史(その2)

写真台紙を中心に行っていたが、次第に需要が減ったことから、1948年(昭和29)年頃からカレンダーに重きを置くようになり、以来、現在に至るまでカレンダーが紙工所の中心の仕事となっている。

1970年代に直隆氏が引退。政弥氏が後を継ぎ、妻の和歌子さんと「紙の加工に関することは何でもやる」との精神で新しいものに挑戦し、現在の坂本紙工所の礎を作った。仕事を「出来ない」と断ったことがなく、初めて取組む加工でも何とか工夫をしてやり遂げました。これは、小遣いの9割は本に使い、徹夜で読んだという、若いころから培われた勉強熱心な性格の賜物だと思います。皆から頼りにされ、1980年代頃から東京カレンダー出版協同組合の理事長を務めました。

2016(平成28)年に和歌子さんが、2020(令和2)年8月に政弥氏が永眠した後、長男である光広氏が継承し、長女の知歌子さんが手伝っています。2025(令和7)年で丸100年を迎え、新たな世紀を迎え今日に至っています。

坂本直隆氏に始まる努力と創造の血筋は、政弥氏、和歌子さんの二人の孫、曾孫の陽ちゃんにしっかり受け継がれています。

 

(参考文献)

業界総覧:百貨通信社

 

   印刷・紙づくりを支えてきた34人の名工の肖像(グラフィック社)